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『とにかくうちに帰ります』津村記久子(新潮社)

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店員のオススメ

アピタ磐田店

『とにかくうちに帰ります』津村記久子(新潮社)

アピタ磐田店 店長:永山のおすすめ



お気に入りの青い万年筆が見つからない。
しきりに咳をしているのに、一向にマスクを着けない職場の人がいる。
集中豪雨に見舞われ、バスにも乗れず、ほとんど傘の意味もないようなどしゃ降りの中を歩いて帰る。

どれもこれも、とある場所(おもに職場)での、とある事柄にまつわる日々のできごと。
誰にでもなんとなく覚えがあって、けれどそれがいつのことだったかは思い出せない。
ともすれば、日常のあれやこれやに流されて、そんなことがあったことすら忘れてしまう類の「できごと」。
登場人物たちも、おおよそ漫画や映画では主人公になりえない、
だいたい普通で、ほんのちょっとだけまわりと違う、いわゆる市井の人びと。
有り体に言えば「ありふれた人たちのありふれた日常」ではあるのだけれど、
その中のそれぞれの瞬間には、まとまらない思考や、
ある種理不尽な感情やいろいろがひしめいている。

誰かと漠とした会話をして、そのときに浮かんだ考えのくだらなさに自嘲し、
誰かが放った言葉に急に胸を衝かれることもある。
それら一つひとつを掬いあげ、丹念に描き出すことで、
それらはまぎれもなく誰かの心に小さく灯りをともす「物語」になるのだと、
初めて読み終えたときに、しみじみと感動したのを覚えている。