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『つまらない住宅地のすべての家』 津村記久子 (双葉社)

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『つまらない住宅地のすべての家』 津村記久子 (双葉社)

浜松本店・エキマチサテライト 統括副店長:永山のおすすめ




ここのおすすめ記事をいつも閲覧してくださっている方からは「また津村記久子か」と言われてしまうかもしれない。
そう、また津村記久子だ。
そして今回の津村記久子は(も)ものすごい。

とある町の、袋小路になった路地に立ち並ぶ家々。
住人は三世代家族から一人暮らしまで色々と。
人びとには、表からは見えにくくとも察せられるところのある事情や、何かよからぬ思惑(それも割とシャレにならない部類の)や、家庭内での形容し難い違和感があり、それぞれが侭ならないものを抱えながら生活している。
そんな中、ある女性受刑者が刑務所から脱走したというニュースが住人たちのもとに舞い込んできた。
自治会長より夜通しの見張りが提案され、普段関わり合うことの薄い住人たちが協力して、夜毎見張りをすることに。
その女性は、どうやら住宅地とも関わりがある人物らしく―……

と、こういった部分を抜き出してみると、まるでスリルとサスペンスに富んだ逃亡劇やミステリ的展開が巻き起こりそうだ。確かに逃亡はしているものの、それらは基本的に地味な手段が多く、妙に現実味がある。(だからこそぞっとさせられる瞬間も)
すべてが淡々としているように見えて、こんがらがっていたりどん詰まりだったり行き場のない怒りに満ちていたり、それぞれの抜け出せない感情を行間に滲ませつつ物語は進む。
そして、それぞれの物語が動くときにあるのは、誰かと誰かがつながったり、あるいはつながりきらなくてもその痕跡から生まれる、小さな小さな救済だ。

場合によっては、本人すら意図しないまま差し伸べられたもの。
その温度に誰かがふれた瞬間の美しさ。
それをどうして、ここまで細やかに飾り気なく表せるのだろう。
湧き上がってくる感情を感動という言葉で片付けていいのか分からなくて、でも何かせずにはいられないような気がして、思わず表紙を撫でた。