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『サキの忘れ物』 津村記久子 (新潮社)

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『サキの忘れ物』 津村記久子 (新潮社)

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津村記久子が書くSF(すこし・ふしぎ)な短編集。
観光名所案内の形式をとりつつ、ガイドが語る土地の歴史の端々から不穏な何かを感じさせる「ペチュニアフォールを知る二十の名所」 『何』を目的にしているのかは読者には明かされないまま、行列に並ぶ人びとのあいだに起こる、心が粟立つあれこれを綴った「行列」 選択肢を間違えると割とあっさり主人公が死んでしまう「真夜中をさまようゲームブック」等、ちょっと趣向を変えた物語が並ぶ。

どの登場人物もさして目立つ存在ではない、
弱者というほどではないけれど、何らかの悪意や声の大きな人に対して毅然と立ち向かったり反撃できる性質でもない、
そんな、ともすればぼんやりとして見えるような人たちの内側に湧いているさまざまな気持ち。
表面的には鈍くさいだとか頼りないだとか評されそうな人柄だとして、
それが何事にも鈍感で、何も考えておらず感じていないということの証明にはならず、
むしろ些細なことにすら心がざわめき、一つひとつにいちいち反応してしまっていたりする。
そしてそんな自分の在り様を少しみっともなく思ったり、誰ともない周囲に引け目を感じてしまう。

この物語たちはそんな内なるゆらぎをつぶさに見つめて、そして決して仰々しくはないかたちで光が射す場面を差し出してくれる。
そういった類の信頼が、津村記久子の紡ぐ物語にはいつもある。
さり気なすぎてうっかり見逃してしまいそうなやさしさは、本当に苦しいとき、止まり木のように心を預けさせてくれる。