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『旅のつばくろ』 沢木耕太郎 (新潮社)

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浜松本店

『旅のつばくろ』 沢木耕太郎 (新潮社)

浜松本店・文芸書担当:永井のおすすめ





沢木耕太郎さんの本を読んだことがなかった。
高名なノンフィクション作家、ということは勿論承知していたが、なぜかこれまで手に取ったことはなかった。
何となく、「男性が読む作品」という思いがあったからかもしれない。
それでも、将来日がな一日読書に耽る時が来たら読んでみたい、そんな本の中に、かの名作『深夜特急』はあった。

出版社からのゲラ(校正刷り)試し読みの連絡に心が動いた。特に、内容が旅のエッセイであったから。

年を重ねていくと、いつか行ってみたい、行けるだろうと思っていた旅に対し、「あっ、私、たぶんもう行けることはないな」と悟る瞬間がある。
お金とか、お休みとか、体力とか、種々の理由はあるが、主には“もういいか”という、静かな諦めに似た心地に支配されるからだ。

そんな自分と違い、ずっと精力的に世界各地への旅を繰り返しているであろう、沢木さんのエッセイを読むことで、体感出来るものがあるのではないか?
“旅のつばくろ”の背に乗って。
その目に映るものを見て。

本書は、JR東日本車内誌連載のエッセイをまとめたものだけに、日本国内を主に鉄道で移動するお話で、特に大きな事件も起こらない旅が、より一層身近でいい。
16才の沢木少年の無謀なる東北一周旅行の途上、怖気づいた彼が竜飛岬に行けず、逆戻りの列車に飛び乗ってしまう、その心細さもいじらしい……と楽しんでゲラを読み、感想を書き、配本希望数も多めに出版社に返送した。
そして…発売の直前、コロナによる店舗の休業が決定した。

予期せぬ出来事が起こり、この先忘れられそうもない記憶とこの本が、図らずも紙の中で結びついてしまった。
つばくろは我が家に来なかった。

作中で胸に響いた一句を最後に。
“花吹雪 ごめんなすって 急ぎ旅”

今年は花見もしなかったなあ…