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『大阪』 岸政彦 柴崎友香 (河出書房新社)

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富士店

『大阪』 岸政彦 柴崎友香 (河出書房新社)

富士店:田雜のおすすめ


帯の「大阪に来た人、大阪を出た人」というコピーに、
自分の事だと思い、思わず手に取りました。
大学進学をきっかけに8年間暮らしたことがあり、思い入れがある大阪。はじめて一人暮らしした場所だし、県外の友人もでき、映画も音楽もたくさん鑑賞した。はじめて書店で働いたのも大阪でした。
縁があり今は静岡で暮らしていて、大阪にいた期間よりずいぶん長くなるので、最近では大阪にいた頃のことは思い返すことも少なくなっていました。

その大阪についてのエッセイを作家の柴崎友香さんと、社会学者の岸政彦さんが共著されました。
岸さんは大阪に来た人、柴崎さんは大阪を出た人、というそれぞれの立場から「大阪」について書かれています。
岸さんの序文に「私も柴崎さんも、大阪を書くことを通じて、大阪で生きる自分の人生を書いた。」とあるように、大阪の街並みや出会った人たちの描写の中に、お二人の思い出が、良いものだけでなく、あまり思い出したくないであろうものも率直に書かれています。
読みながら、過ごした時間は違うのに自分が過ごした大阪での出来事が思い出され、大阪に行く以前のことや大阪を出たあとに起きた出来事について自然と考えていました。思いがけず、自分のこれまでについて改めて考えるきっかけになりました。

同じく序文に印象的だった一文があります。
「大阪が好きだ、と言うとき、たぶん私たちは、大阪で暮らした人生が、その時間が好きだと言っているのだろう。それは別に、大阪での私の人生が楽しく幸せなものだった、という意味ではない。ほんとうは、ここにもどこにも書いていないような辛いことばかりがあったとしても、私たちはその人生を愛することができる。そして、その人生を過ごした街を。」
かつて住んだことがある場所に愛着を持てているのは、自分の人生を肯定できているからなのかもしれない。何事も行き当たりばったりで過ごしてきた自分のこれまでが、急に大切に思えるようになりました。
この文章の「大阪」の部分を、今住んでいる街や、かつて住んだ街の名前に変えてみれば、多くの方に共感にしていただけると思います。
読んだ人が自分のこれまでを振り返るきっかけとなる本書を、大阪に来た人、大阪を出た人、だけではない人にもおすすめしたいです。