Javascriptが無効になっているため、正常に表示できない場合があります。

『エレジーは流れない』 三浦しをん (双葉社)

login
店員のオススメ

バイヤー

『エレジーは流れない』 三浦しをん (双葉社)

バイヤー:永山のおすすめ



かつては観光客で賑わっていたものの、今はその影もなく、半分眠ったように寂れた温泉街「餅湯温泉」で暮らす高校生の主人公・怜(れい)と、彼を取り巻く友人たちや二人の母親や町の人びと。
「二人の母親」という若干変わった家庭環境を抱えつつ、怜の日常は穏やかとは言えないまでもゆるゆると過ぎていく。

ぬるま湯みたいに退屈で、だからこそなかなか抜け出しがたい日々。
そんな中でも悩みやら考えごとやらは次から次に生まれては消え、生まれてはくすぶる。
怜には将来の夢もやりたいことも特になく、周りを気にせず一直線になれるほど好きな女の子もいない。愚直ともキラキラとも取れる情熱を傾けられるものが見つからずに思い悩み、そんな自分が何となく後ろめたいような気にさえなる。二人の母親のことだって、気になっていることはたくさんあるのに聞けない。ぐるぐると悩み、それでも自分の頭で考えることをやめず、若干邪険にしてしまう場面はあっても、周りの人との関わりの中で相手のことを思う。
そんな怜の姿勢は、本人からすればもどかしい状況なのかもしれないけれど、どこかやさしい気持ちになるような好ましさを覚えた。

友情に恋に家族関係に夢に、悩み傷つきもがいてそれでも前へ進む、そんな青春小説であることに間違いはない。
それらの要素が暑苦しく押しつけがましくなりすぎないのは、三浦しをんの描く男子高校生たちの絶妙なくだらなさ、おバカさと切実さの匙加減のおかげだろうと思う。
気がつけば、自分も餅湯温泉の住人のひとりとして怜たちの成長を見守っているような気分が胸の内に生まれて、読後感はこそばゆくもあたたかいのだ。