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『ナナメの夕暮れ』 若林正恭 (文藝春秋)

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『ナナメの夕暮れ』 若林正恭 (文藝春秋)

連尺店:秋元のおすすめ



ここのところ多様性という言葉をよく耳にします。
おそらく多様性とはそれぞれの人物が持つ個性によって生まれてくるものでしょう。しかし残念なことに、世の中にはそうした価値観の違いを認めようとしない人々が多いことも事実です。
だから毎日のように信じられないようなニュースが目に飛び込んでくるし、その分だけ居心地の悪さを感じながら生きている人々が存在しているのではないでしょうか。
そんな多くの人々にとっての当たり前と、自身の考え方の違いに、敏感に反応してきた人物が若林正恭さんだと思います。

若林さんのこれまでの文章や発言は、周りが当然のようにこなしていく物事を、どうして自分にはできないのだろうという劣等感で溢れていました。
その告白は自意識過剰な多くの人々にとって多くの共感を集めたはずです。それはこうした生きにくさに苦しめられているのは、自分だけではないのかという救いにも似た思いと通ずるものではないでしょうか。
しかし、今作『ナナメの夕暮れ』ではそんな違和感からの脱却のみならず、自意識過剰な人々が日常を楽しむための生き方までをも提示しています。
 

それまでの若林さんは才能やセンスといった類のことで、承認欲求を満たすことこそが生きている上での価値としてきたようです。しかし、今の若林さんはそうした自己顕示欲をすっかり諦め、日常での人とのつながりに幸福を感じるようになります。
とりわけ以前、他者への接触を可能な限り避けてきた若林さんが、ふとした人とのつながりに涙を流すほど感謝をする描写にはグッとくるものがあります。

人とのつながりが希薄になった現代社会において、この作品には人々の見失ってはいけない大切な何かが詰まっていると痛感しました。
人と会って話すという行為は今まで以上に減っていくかもしれません。だからこそ、気の合う家族や友人とのありふれた日々をもっと大切にしなくてはと思える一冊です。
若林さんは何度かAIへの懐疑を述べているように、存外、気分良く世を渡り歩いていくための方法は、利便性から遠く離れたところに存在しているのかもしれません。