まだそこまで本読みというほどでもなかった(今でもそこまでではないが)学生時代、学校の図書室でこの本を見つけたときの光景が、いまでも鮮明に思い出せる。
私が見つけたのは単行本版だったのだけれど、その装幀からして「晴れた日の午後の図書室」にうそみたいに似合いすぎていたのだ。
全ページを通してどこか白っぽい光の中に情景が浮かんでくるような、ちょっと映画めいた雰囲気のある作風もその光景に合っていた。
そしてなにより、タイトルがすばらしすぎた。
タイトルだけで絶対にいい本だと決められるぐらいにいいタイトルだ。
主人公は仕事を辞めたあと、ひょんなことから近所のサンドイッチ屋<トロワ>で働きはじめる青年で、そこで出すスープのことについて常に考えるようになってゆく。
読んだ当時は「近所のサンドイッチ屋」という部分や店構えの描写にときめいて、私もこぢんまりしたおいしいものをつくる店で働きたいとぼんやりと思っていた気がする。
作風も相俟って、ある意味ファンタジーのような目線で読んでいた頃と比べて、少し歳を重ねていろいろと仕事をしてみた今は、主人公やまわりの人々が仕事について、日々の生活について考えたり言葉にしたりすることが、ふとした拍子に沁みるようになった。
何が大切にすべきことで、そのために守るべき基本は何なのか。
案外考えてもいなかったり、忘れてしまったまま過ごしていることは少なくないよね、と、自分自身や周りを振り返ってみて思う。
「おいしいスープのつくり方を知っていると、どんなときでも同じようにおいしかった。これがわたしの見つけた本当の本当のこと。だから、何よりレシピに忠実につくることが大切なんです」
10年以上前から好きだった本なのに、まったく思いもかけなかった方向から栞をしたくなる言葉を新たに見つけることもあるのだから、一冊の本の持っている力は底が知れなくてすごい。