『八月の銀の雪』
あけましておめでとうございます。
2021年もどうぞよろしくお願いいたします。
思い起こせば、2018年の一番最後にこの谷島屋ホームページスタッフのおすすめでみなさまにご紹介したのが伊与原新さんの「月まで三キロ」だった。その「月まで三キロ」はなんと、2589冊(2021年12月31日時点)も谷島屋からお客様の手に渡った。
我々が心底惚れ込んで良いと思った本が、これほどまで多くのお客様に読んでいただけたことは、本屋冥利に尽きると言える。
読書離れと言われてはや何年?もう40年近くなるのだろうか?
そんな時代に、全国的なベストセラーではない小説が、地方のいちチェーンでこれほど多く売れるというのは本当に奇跡のよう。
本当にありがとうございます。
さて、2021年最初のおすすめ本は、その伊与原新さんの『八月の銀の雪』でスタートしたい。
「月まで三キロ」の新聞広告や本の帯に、「”みっともない”くらい泣いてしまいました」という僕の”みっともない”感想が使われているので、今更隠すことは無いから正直に言いますがまたしても泣いてしまいました。
この「八月の銀の雪」で。
「八月の銀の雪」も「月まで三キロ」と同じく短編集。
人によって心に響く短編は違うかもしれないが、全5篇どれもすごくいい。
中でも僕は表題作の「八月の銀の雪」と「海へ還る日」が特に好きだった。
表面だけ見て人をわかったつもりでいたことも、表面だけ見られて自分をわかったように思われていることにも静かに傷ついた「八月の銀の雪」。
もっともっと耳を澄ませて、奥深いところで鳴っている音が何かを聴き取れるくらい相手を見る。
そして、何も新しいことを生み出せない自分に対し心のどこかでどうせどこかの誰かの物真似と冷めずに、誇りを持ってコツコツと勉強して真似して工夫をして、そうやってちょっとずつ進歩するんだと信じてみよう。
そんなことを考えた。
静かに熱くなる、そんな感覚を抱かせてくれる短編だった。
そして「海へ還る日」。
コロナの時代になって、今まで長期に渡って計画していたことがまるっとすっ飛んで途方に暮れてしまい、普段はすこぶるプラス思考なのになんだか自信まで喪失していた。
そうなるとすべての物事に対してマイナス思考が働く。愛してやまない子どもたちへも。
こんな何もない親のもとに生まれてきてしまって悪いなぁ、きっと僕はこの子たちに何も与えてあげられないのではないかと。
そんなことを考えていた中でこの「海へ還る日」を読んだものだから、刺さりまくった。刺さりすぎて突き抜けて、涙が止まらなくなった。
「大事なのは、何かをしてあげることじゃない。この子には何かが実るって、信じてあげることだと思うのよ」
この一言にしょぼくれて頭を垂れていた横っ面を張り飛ばされる思いだった。
小説に本当に救われた。
伊与原さんの書く物語はどれもゆっくりと、優しく、暖かく、静かに心に染み渡る。
傷ついた心に寄り添い、迷っている心にそっと手を差し伸べてくれる。身近に科学を感じるのもいい。
物語はいつも視界の片隅で不意にそっと立ち上がり、あらぬ方向を旋回しながら様々な出会いや気付きや発見をして、心の中心地にソフトランディングする。
そう、その絶妙な着地に心を奪われ、涙するのだ。
今年一年がみなさまにとって暖かな素晴らしい年になることを願って、この本をご紹介いたします。