第165回直木賞候補作品の『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗)を読んだ。
仕事柄、直木賞候補作が決まるとその日のうちに候補作を全て購入し、発表までに全て読む。
そうして自分の中でのMy・直木賞を決めるのだ(なんじゃそりゃ)。
今回も6月11日に候補作が発表され、今現在『スモールワールズ』『テスカトリポカ』『高瀬庄左衛門御留書』『おれたちの歌をうたえ』の4作品を読み終えた。
まだ未読作品があるうちに候補作品について何かを記すのはMy・直木賞としてアンフェアだが、まぁアンフェアかどうかも含め、全て自分のさじ加減なのでグダグダと言っても言わなくても、それもどちらでもよい。
とにかくこの『高瀬庄左衛門御留書』が素晴らしかった。
これほど静謐で起伏を意識させずに刺激的な物語にはそうそう出会えない。
繰り返すが、物語から受ける印象はとても静かなのだ。しかし、気がつくとその謎と物語の展開に大変刺激を受けているのだ。
そして、良い意味でこざっぱりとした飾り気のない文体も心地よい。
個人的には特にその夏の描写が好みだった。
不慮の事故(ここにも謎があるのだが)で亡くなった息子の嫁が家から出ていく場面で、嫁の姿が戸の向こうへ消えると、一瞬しんとした空気があたりに満ちるのだがその次の瞬間。
「耳をおおうほどの蝉しぐれが聞こえてくる。いま啼きはじめたのか、それとも気がつかなかっただけなのだろうか、と庄左衛門は思った」
と、夏の風物詩である蝉しぐれを用いて、意識の内と外をうまく表現しており、あぁ、この感覚わかるなぁと思わず唸った。
また「夏の日に」の、庄左衛門が若かりし頃想いを抱いた芳乃との再開にはやられた。
その一連のながれは、どれもが相手を慮っての所作であり、とても美しい。
特に、足の悪い芳乃がゆっくりと去ってゆくその姿が遠くで揺らめく逃げ水とまじり、最後は大気と融けあっておぼろな塊となるまで庄左衛門が見守るシーンの美しさには目を見張った。
そして、それを経て
「こうとしかならなかったのだな」
と悟る、その着地点がまた素晴らしい。
なんとも見事なまでに抑えられた文章に、あぁ、行間を読むとはこういうものだったなと、何でも丁寧に解説・説明してくれそれに慣れていた自分に小説を読む醍醐味を今一度教えてくれた。
いやぁ、これほど今後が楽しみな小説家の登場は久々な気がする。
この『高瀬庄左衛門御留書』。
「神山藩シリーズ」第1弾とあるので、続きが楽しみだ。
まずは、もう少し砂原浩太朗という作家の文章を目にしたく、文庫化されたばかりの『いのちがけ』を早速手に入れた。