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『三十の反撃』 ソン・ウォンピョン 矢島暁子  (祥伝社)

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『三十の反撃』 ソン・ウォンピョン 矢島暁子  (祥伝社)

富士店:田雜のおすすめ


うつろな表情をした少年の表紙が印象的な小説「アーモンド」。
2020年本屋大賞翻訳小説部門の第一位に選ばれ、読まれた方も多いのではないでしょうか。
その作者ソン・ウォンピョンさんの新刊が発売されました。
タイトルは「三十の反撃」。今作も表紙の女性のイラストが目を引きます。

主人公は88年の韓国に生まれた女の子の中で一番多い「キム・ジヘ」という名前を持つ30歳女性。
自分が「平凡」な存在であることを認める彼女は、非正規職で働く会社の上司から小言を言われながら毎日雑用に明け暮れています。
希望する会社への就職もままならず、社会や自分自身にさえも期待を失いかけていますが、
偶然印象的な出会いをした男性が同じ職場にやってきた事から、彼女の変化が始まります。
と書くと、ラブストーリーのようですが、それがこの作品の主題ではありません。

この物語には主人公だけではなく、過去に自分よりも力のあるもの(上司や先生や学校の人気者など)から不当な扱いをうけた経験のある人たちが登場します。
その人物たちと団結して、力を持つものに「反撃」を始めます。
「反撃」と言えば物騒ですが、法にふれないやり方で、SNSなどで拡散する目的もなく、
全て自己満足の為に行う、客観的にみれば小さな声をあげる、という行為です。
「反撃」を通して、主人公が自分らしさを取り戻していく、というのが作品の主題なのです。

「これは間違っている」と思っても力を持っているものの前で黙るしかなかった経験は、多かれ少なかれ誰もが経験した事があると思います。
それによって、自分らしさを失ったと感じたかもしれません。わたしもそういった経験をしたひとりです。
なので、主人公が「反撃」を通して段々と自分らしさを取り戻していく様子は、
私の心のつかえを取ってくれるようでもあり、最後に至る場面は自分ごとのように感動しました。

間違っていると思っていても半ば諦め、声をあげる事をしなくなった人へ、
小さくてもいいから声に出してみよう、そうすれば変わるかもしれない、ということを優しく教えてくれる作品です。