
フランスの精神分析家、ジャック・ラカンの入門書。
著者自身の精神分析の経験にもとづき、
ラカンをその出発点から明快に説明していく。
大きな特徴として、その臨床的な側面の解説に力を入れている。
強く印象的だったのは、臨床実践としての精神分析は、
同じように心の領域を扱う他の臨床実践(精神医学や臨床心理学など)
とは異なり、心理的なトラブルの解決を一義的な目標とは
していないという点である。
では、精神分析は何を目標としているのか。
本書によれば、それはその人の生き方、すなわち倫理に関わる。
どういうことか。
精神分析は、無意識に注目し、その人が何を大切にして
生きていくかという考え方の根本からの組み換えを狙う。
その人が、それまで思いもよらなかったような
新しい生き方を自分自身で見つけ出すこと、
これこそが精神分析の目標である(64頁)。
その意味で、精神分析は倫理に関わる、というのである。
「重要なのは、症状をなくして健康になるということではなく、
その人が自分自身で納得できる〈生き方〉へと踏み出していけるように
なることなのです」(42頁)
つまり、精神分析とは、生きることを自分自身の手に取り戻すことを
目的とした営みであると言えよう。
著者によれば、とくに日本においてこれまでラカンの精神分析は
多くの場合その理論的な面に注目が集まり、一般的には、
臨床的な面にはあまり目を向けられてこなかった。
本書は、臨床面の解説に力を入れることで、
難解なイメージのあるラカンに、より近づきやすくすることに
成功していると思う。